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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)87号 判決

大阪市西淀川区姫里二丁目二の七

原告

西村敏夫

右訴訟代理人弁護士

長山亨

児玉憲夫

大錦義昭

大阪市西淀川区野里西三丁目二三

被告

西淀川税務署長

北川新次郎

大阪市東区大手前之町一番地

被告

大阪国税局長

山内宏

右両名訴訟代理人弁護士

井野口有一

右両名指定代理人

金原義憲

黒川曻

藤崎桃樹

丸明義

主文

被告署長が昭和三九年八月一日付でした、原告の昭和三七年分所得税の総所得金額を金一、一七一、〇九七円とする更正処分のうち、金四四六、四四九円を超える部分、および昭和三八年分所得税の総所得金額を金二、二一七、六七六円とする更正処分のうち、金一、一七二、一八〇円を超える部分をいずれも取消す。

原告の被告署長に対するその余の請求および被告局長に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告署長との間においてはこれを六分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、被告局長との間において全部原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告署長が昭和三九年八月一日付でした、原告の昭和三七年分所得税の総所得金額を金一、一七一、〇九七円とする更正処分のうち、金三四九、四六五円を超える部分、および昭和三八年分所得税の総所得金額を金二、二一七、六七六円とする更正処分のうち、金九三六、三二六円を超える部分をいずれも取消す。

被告局長が昭和四〇年六月三〇日付でした原告の右各処分に対する審査請求をいずれもこれを棄却する旨の裁決を取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とす。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、木型の製作販売を業としている者であるが、被告署長に対し、昭和三七年分および昭和三八年分所得税の総所得金額を、それぞれ金三四九、四六五円および金九三六、三二六円と確定申告したところ、被告署長は、昭和三九年八月一日付で右各金額をそれぞれ金一、一七一、〇九七円および金二、二一七、六七六円とする更正処分をした。原告は右各更正処分につき異議申立をしたが棄却されたので、被告局長に審査請求をしたところ、被告局長は、昭和四〇年六月三〇日付で、いずれもこれを棄却する旨の裁決をした。

2  しかしながら、原告の昭和三七年分および昭和三八年分の各総所得金額は確定申告のとおりであるから、本件各更正処分はいずれも確定申告額を超える部分について原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  また本件裁決には次のような手続的違法がある。

(一) 被告局長は、原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めなかつた。これは行政不服審査法二二条に違反する。

(二) 被告局長は、原告が原処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、更正決議書、異議申立書、確定申告書、異議申立決定書の四通の閲覧を許可しただけで、担当協議官の調査メモ等の閲覧を拒んだ。これは同法三三条二項に違反する。

請求原因に対する被告らの答弁

請求原因1の事実を認め、同2の主張を争う。同3の主張中、被告局長が原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めなかつたこと、原告の書類閲覧請求に対し原告主張の四通の書類につき閲覧を しただけであることは認めるが、これらが違法であるとの主張は争う。

三  被告らの主張

(被告署長)

原告の昭和三七年分の総所得金額は、別表一A欄のとおり金一、三六九、四七五円となり、昭和三八年分のそれは、同表D欄のとおり金二、二七〇、一六八円となるから、この範囲内でなされた本件各更正処分に違法はない。

1 収入金額について

昭和三七年分の収入金額の明細は別表二の1、A欄のとおりであり、昭和三八年分のそれは、同表のⅡ、A欄のとおりである。

2 雇人費について

(一) 原告は被告署長に対し、雇人費に関する計算書を提出して、昭和三七年分および昭和三八年分の雇人費の明細を別表三のⅠ、Ⅱの各B欄のとおり主張した。しかし右両年分の雇人費は同表のⅠ、Ⅱの各A欄のとおりである。

(二) 昭和三七年分

(1) 佐藤幸雄に対する雇人費について

(イ) 被告署長が調査したところによれば、同人に対する雇人費は同表のⅠ、A欄の〈1〉のとおりである。ただし、同人は同年九月以降は原告方に勤務していなかつたから、基本給金五六、二二四円は、同年一月ないし八月分の合計額である。

(ロ) 右基本給金五六、二二四円を次のようにして算出した。

同人に対する雇人費の現金支払額は、一、二月は、一か月金一、五〇〇円、三月ないし八月は一か月金三、〇〇〇円であり、これを合計すると金二一、〇〇〇円となる。又同人は、原告方に賄付で住込んでいたから、その賄費も基本給として考慮されなければならない。右賄費の内訳は、食料費、住居費のうちの水道料、光熱費の合計額とみるべきであり、総理府統計局編集による「家計調査総合報告書」によれば、大阪市における昭和三七年の一人当りの一か月間の右賄費に相当する金額は平均金四、四〇三円である。同人に対する賄費もこの平均金額の適用を妨げる特別な事情がないので、この金額を一月から八月まで加算すると同人に対する賄費は金三五、二二四円となる。

したがつて、同人に対する基本給は右の現金支払額金二一、〇〇〇円と賄費金三五、二二四円との合計額である金五六、二二四円となる。

(ハ) 原告は、被告署長に対し、前記計算書により、同人に対する雇人費は金九七、五〇〇円(内訳、一月ないし八月分合計額七五、五〇〇円、九、一〇月分合計額二〇、〇〇〇円、賞与二、〇〇〇円)と主張したが、これは、右事実に照すと、一月ないし八月分につき合計金一九、二七六円(七五、五〇〇円-五六、二二四円)および九、一〇月分合計額二〇、〇〇〇円を過大計上していることが明らかである。

(2) 小西重雄外三名に対する雇人費

前記計算書に記載された佐藤の基本給の金額は右のように過大計上されており、しかもこの計算書の基礎となつた帳簿書類および原始記録等がないから、その記載金額は信用性に乏しく、したがつて小西重雄外三名の基本給についても過大計上されていることが容易に推測される。

この過大計上分を次のとおり金二〇二、七二五円と推計した。

795,000円(別表三のⅠ、B欄〈2〉の基本給)×25.5%=202,725円

但し、右計算に使用した二五・五%は、原告が佐藤の一月ないし八月分の基本給を過大計上した割合で左記算式により算出したものである。

19,276円÷75,500円=25.5%

同表のⅠ、B欄の〈2〉の金額から、右基本給の過大計上分二〇二、七二五円を控除すると、小西重雄外三名に対する雇人費は、同表のⅠ、A欄の〈2〉のとおりとなる。

(3) 同表のⅠB欄の〈3〉ないし〈5〉の各金額について

(イ) 西村好夫は原告の長男、西村光好は次男、西村直夫は三男であり、次の(ロ)に記載した理由により原告と生計を一にしていると推認されるから、右〈3〉ないし〈5〉の各金額は、旧所得税法(昭四〇、三、三一法三三号施行前のもの)一一条の二、一項により、原告の事業所得の計算上必要経費に算入することができない。

(ロ) 被告署長は、次の諸事実から原告の長男、次男、三男を原告と生計を一にしていると推測したのである。

(a) 原告と右三名は同一敷地内に居住している。

(b) 日常生活に必要な、電気、ガス、水道のメーターは原告名義のものがそれぞれ一つでその代金支払も原告がしている。

(c) 主食の購入についてはその注文、納品、代金支払は右三名分を含めてすべて原告がしている。

(d) 原告は国民健康保険につき、右三名を原告の世帯員として申請している。

(e) 右三名に対する雇人費の支払いがあれば、原告において、当然に毎月のそれに対する源泉所得税を徴収して納付しなければならないが、これをしていない。

(f) 雇人費の支払に関する帳簿書類の作成保存がなく、右三名に対する雇人費の支払の事実が確認できない。

(三) 昭和三八年分

同表のⅡ、B欄の〈2〉ないし〈4〉の各金額が原告の事業所得の計算上必要経費に算入することができないのは右に述べたのと同様の理由による。

3 減価償却費について

(一) 昭和三七年分および昭和三八年分の各減価償却費の明細は、別表四、A欄のとおりである。

(二) 原告が主張する同表B欄の〈3〉の各金額は、租税特別措置法一四条一項(昭三七年法四六号改正によるもの)による割増償却をしたものと思われるが、右割増償却の規定が適用されるためには、同条二項(昭三六年法四九号改正によるもの)により、同法一一条三項(昭三六年法四〇号改正によるもの)が準用されているから、確定申告書に必要経費に算入される金額についてその算入に関する記載があり、かつ減価償却費の計算に関する明細書がこれに添付されなければならないところ、原告の昭和三七年分および昭和三八年分の各確定申告書はいずれも右要件を満していないから、原告の右主張金額を認めることができない。

(三) 原告が主張する同表B欄の〈4〉の各金額について

原告主張の改良工事は、原告等が居住する母屋(事務所とは別棟)に昭和三四年一〇月、一部を増築したものであつて、増築部分は次男光好の結婚(昭和三六年一一月)後、次男夫妻の部屋とされていたものであり、いわゆる自用であるから、原告主張の右各減価償却費は事業上の必要経費とはならない。

4 事業専従者控除について

原告の長男、次男、三男の三名は、原告の経営する事業に専従しており、かつ前記の理由により原告と生計を一にする親族であるから事業専従者に該当する。したがつて、昭和三七年分については、一人につき金七〇、〇〇〇円、合計金二一〇、〇〇〇円、また昭和三八年分については、一人につき金七三、七五〇円、合計金二二一、二五〇円がそれぞれ事業専従者控除額となる。

(被告局長)

1 処分の取消請求の訴と処分を維持した裁決の取消請求の訴とが併合提起されている場合において、処分に違法がないときは、かりに不服審査の手続に違法があつても、裁決を取消すことはできない。けだし、かりに裁決を取消しても、審査庁としては原処分を取消す余地がなく、再び原処分を維持した裁決をする外はないからである。本件においても本件各更更正処分に違法はないから、原告には、本件裁決の取消を求める法律上の利益がない。

2 行政不服審査の手続において、審査庁が行政不服審査法二二条により処分庁に対し弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に属する。そして本件において被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことにつき、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用はない。

3 被告局長が原告に閲覧を許可した書類以外の書類は処分庁から送付されていなかつた。審査請求人は審査庁に対して、末提出書類の提出方を処分庁に求むべきことまでも請求しうるものではなく、また担当協議官が直接閲覧したときに収集した調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあたらないから書類閲覧に関しても何ら違法はない。

四  被告署長の主張に対する原告の答弁

被告署長主張の昭和三七年分および昭和三八年分の各総所得金額の明細についての認否および主張は別表一、BおよびE欄のとおりである。

1  収入金額について

被告署長主張の昭和三七年分および昭和三八年分の各収入金額の明細についての認否および主張は別表二、B欄のとおりである。

2  雇人費について

(一) 昭和三七年分

(1) 原告は佐藤幸雄に対して同年一〇月分までの賃金を支払つていたのであり、別表三のⅠ、B欄の〈1〉の金額に過大計上はない。

(2) 小西重雄外三名に対する賃金の支払額は同表のⅠ、B欄の〈2〉のとおりであり、これに過大計上はないから、被告署長の過大計上があることを前提とする推計計算は失当である。

(3) 原告は、同年中において原告の長男、次男、三男の三名に対して同表のⅠ、B欄の〈3〉ないし〈5〉のとおり賃金を支払つたのであり、この事実は賃金および手当一覧表によつて明らかである。

被告署長の主張2、(二)、(3)、(ロ)の(a)ないし(b)の外形的事実だけをみれば、右三名が原告と生計を一にしていたと推測されるにしても、現実には右三名が各自の生活費用を分担して支出し、独立の生計を営んでいたのであり、原告と生計を一にしていた事実はない。したがつて右三名は事業専従者に該当せず、これらに対する賃金の支払額は雇人費に計上すべきである。

(二) 昭和三八年分

同年中における原告の長男、次男、三男の三名に対する賃金の支払額は同表Ⅱ、B欄の〈2〉ないし〈4〉のとおりであり、これらについても前記と同様の理由により雇人費に計上すべきである。

3  減価償却費について

被告署長主張の昭和三七年分および昭和三八年分の各減価償却費に対する認否および原告の主張額は別表四、B欄のとおりである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証の一ないし一一、第二号証の一ないし二〇、第三号証の一ないし一二、第四号証の一ないし三〇、第五ないし第一〇号証を提出。

2  原告本人尋問の結果を援用。

3  乙第四、第五号証、第七ないし第九号証の成立を認める。第三号証、第六号証の二の成立は不知。第一、第二号証につき、官公署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知。第六号証の一につき、佐藤幸雄作成部分の成立は不知、その余の部分の成立を認める。ただし、同証は本訴提起後において、争いとなつている事実関係につき、証人尋問回避の目的で、被告ら指定代理人によつて作成されたものであるから、証拠能力がない。

二  被告ら

1  乙第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七ないし第九号証を提出。

2  証人片岡英明、同川口正雄、同黒川曻の各証言を援用。

3  甲第七ないし第九号証につき原本の存在とその成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求原因1の事実(原告の営業と本件各更正処分および裁決の存在)は当事者間に争いがない。

二  本件各更正処分の適否について

1  被告署長の主張中別表一AおよびD欄の各〈6〉、〈7〉の金額は当事者間に争いがなく、同表D欄の〈10〉、〈11〉の金額は原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2  収入金額について

(一)  昭和三七年分

(1) 別表二のⅠ、A欄の〈1〉の金額は当事者間に争いがない。

(2) 塚本総業に対する売上金額

官公署作成部分の成立について当事者間に争いがなく、その余の部分につき証人片岡英明の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一号証によれば、塚本総業に対する売上金額は金八八九、九〇〇円と認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一号証の一ないし一一の記載内容は、右証拠に照して採用できない。なお原告本人尋問の結果中には、被告署長主張の金額には、昭和三六年一二月二〇日の売上である金四三、〇〇〇円が昭和三七年一月の売上に計上されている旨の供述があるが、右乙第一号証と、甲第一号証の一とを対照すると、同年一月分の売上はいずれも金七一、〇〇〇円と記載されており、金額が一致しているから、右供述部分は採用できない。

(3) 竹中鉄工に対する売上金額

証人片岡英明の証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証によれば、竹中鉄工に対する売上金額は、金七五九、一四〇円と認められ、右認定に反する原告本人尋間の結果とこれによつて真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし二〇の記載内容は右証拠に照して採用できない。

(4) 以上を合計すると昭和三七年分の総収入金額は、金三、九五九、七四〇円となる。

(二)  昭和三八年分

(1) 別表二のⅡ、A欄の〈1〉の金額は当事者間に争いがない。

(2) 竹中鉄工に対する売上金額

前掲乙第三号証によれば、竹中鉄工に対する売上金額は、金一、七四九、七五〇円と認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果とこれによつて真正に成立したと認められる甲第四号証の一ないし三〇の記載(合計額は金一、七四九、九五〇円となるから右認定は原告に不利とはならない)は右証拠に照して採用できない。

(3) 以上を合計すると総収入金額は金五、四〇三、四八〇円となる。

3  必要経費について

昭和三七年および昭和三八年の各経費率が三八%であることは当事者間に争いがない。

そうすると右両年分の必要経費は別表一、c、F欄の各〈3〉の金額となる。

4  雇人費について

(一)  原告の長男、次男、三男に対する昭和三七年分および昭和三八年分の雇人費

(1) 原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第五、第六号証によれば、原告は、その長男好夫、二男光好、三男直夫に対し、昭和三七年分および昭和三八年分の賃金としてそれぞれ、別表三のⅠ、B欄の〈3〉ないし〈5〉および同表のⅡ、B欄の〈2〉ないし〈4〉の各金額を支払つたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

被告署長は、右三名が原告と生計を一にする親族であるから、右各金額は原告の事業所得の計算上必要経費に算入できないと主張するが、旧所得税法一一条の二、一項に規定する「「生計を一にする」というためには、納税義務者の親族等の生計が実質的に納税義務者の計算において営まれていることを要するのであり、もし親族等が、納税義務者の経営する事業に従事し、その提供した労働力にみあう賃金を支給され、その賃金によつて独立の生計を営んでいる場合にはこれに当らず、その支給された賃金は、同法一〇条二項により納税者の事業所得の計算上必要経費に算入できると解すべきであるから、以下この観点から右主張を検討する。

被告署長の主張2、(二)、(3)、(ロ)、(a)ないし(d)の各事実(昭和三七、三八年に共通)については原告において明らかに争わず、これらの外形的事実だけからみれば、他に特段の事情がない限り、右三名は原告と生計を一にしていたと一応推認することができる(ただし、同(c)の事実については、原本の存在とその成立につき争いのない甲第九号証によれば、原告は昭和三七、三八年当時、他の従業員についても源泉所得税の徴収、納付をせず、昭和三九年に至つて右両年分を徴収、納付したことが認められるから同(e)の事実をもつて被告署長が主張する推認の根拠とすることはできない)。

しかしながら、前掲甲第九号証、原本の存在とその成立につき争いのない甲第七、第八号証、および右甲第九号証と弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一〇号証を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(イ) 長男好夫は、小学校卒業以降原告の事業に従事し、昭和三四年に婚姻してからも妻と共に原告方居宅南側の六畳間を専用して起居しているが、食事は原告夫婦とは別にしその費用は原告から支払を受けた賃金によつて賄つており、光熱費も原告とお間において取決めた自己の負担部分を賃金から支払つていた。

(ロ) 次男光好は、小学校卒業以降、原告の事業に従事し、昭和三六年一一月に婚姻してからは、妻と共に原告方北側の当時増築した部屋を専用して起居し、食事の点や、食費および光熱費の支出に関しては、長男の場合と同様にしていた。

(ハ) 三男直夫は、中学校卒業以降原告の事業に従事し、昭和三七、三八年当時は、原告方の敷地内に建てられた従業員の寮に起居し、他の住込の従業員と同じく原告の妻から賄の世話をしてもらい、原告から支給された賃金から賄費を支払つていた。

これらの認定事実に照せば、前記被告署長の主張2、(二)、(3)、(ロ)、(a)ないし(d)の各事実が存在したとしても、原告の長男、次男、三男は、昭和三七、三八年当時、原告から支給された賃金によつて自己の計算において独立の生計を営んでおり、原告と生計を一にしていなかつたと認めるのが相当である。したがつて右三名に対する昭和三七年分および昭和三八年分の前記賃金支払額は、それぞれ昭和三七年分および昭和三八年分の雇人費として必要経費に算入すべきである。

(二)  佐藤幸雄に対する昭和三七年分の雇人費

証人黒川曻の証言とこれによつて佐藤幸雄作成部分につき真正に成立したと認められ、その余の部分につき成立に争いのない乙第六号証の一、同証言によつて真正に成立したと認められる同号証の二によれば、佐藤幸雄は、昭和三六年四月から、昭和三七年八月まで原告方に勤務していたことが認められる(なお原告は、右乙第六号証の一は証人尋問回避の目的で作成され証拠能力がないと主張するが、一般的に、そのような目的がある場合には実質的証拠力の問題として考えるべきところ、同証言によれば、佐藤は証人として証言したくないという意向を持つており、被告署長としては、やむをえずに質問てん末書という形式により佐藤の供述を証拠化する方法をとつたのであり、しかもその作成について正確を期したことが認められるから、その信用性について疑問とすべき点はないといえる)。

また前掲甲第五号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、佐藤に対ず昭和三七年分の賃金として、同年一月から三月まで、一か月金八、五〇〇円、四月から八月まで一か月金一〇、〇〇〇円、賞与として金二、〇〇〇円、合計金七七、五〇〇円を支払つたことが認められる。原告本人尋問の結果中、原告が佐藤に対し、同年九、一〇月分の賃金を支払つた旨の供述およびこれに副う甲第五号証の記載の一部は前段掲記の証拠に照して採用できない。

なお前掲乙第六号証の一には、賃金につき佐藤の「勤務しはじめた頃は食事付で月一、五〇〇円までで、退職する半年位前から退職するまでは食事付月三、〇〇〇円でした」との供述が記載されているが、原告本人尋問の結果によれば、これは基本給から賄費を控除した後の金額であることが明らかである。被告署長は佐藤の賄費を、総理府統計局編集による「家計調査総合報告書」による大阪市における昭和三七年の一人当りの一か月間の賄費に相当する平均金額を適用し、推計計算によつて算出しているが、右はあくまで平均値であり、原告が佐藤から賄費として控除した金額が右平均値より若干大であるからといつて、現実の賄費を過大計上した根拠とはなしえない。したがつて被告署長の佐藤の賄費に関する主張は、推計の必要性を欠くというべきであるから採用できない。

以上によれば、佐藤に対する雇人費は合計金七七、五〇〇円となる。

(三)  小西重雄外三名に対する昭和三七年分の雇人費

前掲甲第五号証によれば、右の者らに対する賃金の支払額は別表三のⅠ、B欄〈2〉のとおりと認められる。

被告署長は、右甲第五号証に記載されている佐藤の基本給のうち、賄費に相当する部分に過大計上があることを前提とし、右の者らの基本給にも過大計上があると推定しているが、前記のように佐藤に関する過大計上の前提そのものが、根拠に乏しいから、被告署長の右主張も採用しがたい。

(四)  小西重雄外二名に対する昭和三八年分の雇人費が別表三のⅡ、A欄〈1〉の金額であることにつき、原告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

(五)  以上によれば、昭和三七年分の雇人費は、別表三のⅠ、C欄のとおり合計金一、八三九、五〇〇円となり、昭和三八年分のそれは、同表のⅡ、C欄のとおり合計金一、九九四、五七三円となる。

5  減価償却費について

(一)  別表四、A欄〈1〉、〈2〉の各金額は当事者間に争いがない。

(二)  同表〈3〉の減価償却費について

取得価額、償却方法、耐用年数については当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第八、第九号証によれば、原告の昭和三七年分および昭和三八年分の各確定申告書には、租税特別措置法による割増償却により必要経費に算入される金額に関する記載がなく、かつその額に関する明細書の添付のなかつたことが認められるから、被告署長の主張3、(二)と同様の理由により、原告主張の同表、B欄〈3〉の各金額は採用できない。

そうすると、同表〈3〉の減価償却費は、同表C欄〈3〉のとおりとなる(被告署長主張の同表A欄〈3〉の金額は違算と認める)。

(三)  同表B欄〈4〉の減価償却費について

本件に表われた全証拠によつても同表〈2〉の事務所につき改良工事がなされた事実を認めることができないから、原告主張の右金額は採用できない。

(四)  以上によれば、昭和三七年分および昭和三八年分の減価償却費は、同表C欄のとおりとなる。

6  事業専従者控除について

前示のとおり、昭和三七年および昭和三八年において、原告の長男、次男、三男の三名は、原告と生計を一にせず、事業専従者に該当しないから、右両年とも事業専従者控除額はないことになる。

7  以上によれば、原告の昭和三七年分の総所得金額は、別表一C欄のとおり金四四六、四四九円となり、昭和三八年分のそれは同表F欄のとおり金一、一七二、一八〇円となるから、本件各更正処分は、右各金額を超える部分につき、いずれも原告の所得を過大に認定した違法がある。

三  本件裁決の適否について

1  訴の利益について

被告局長は、処分取消請求が棄却されるべきときは、裁決取消を求める利益がないと主張するが、処分取消請求棄却の判決には関係行政庁に対する拘束力はなく、又それは、当該処分による法律関係自体を確定するものでもないから、裁決に固有の瑕疵があつて裁決が取消され、審査庁があらためて裁決をする場合に、原処分を取消しあるいは変更することが(実際上は稀であるとしても)全くないとはいいきれない。したがつて本件の場合のように、処分取消請求が一部理由がないときでも、なお裁決の取消を求める訴の利益を否定することはできないと解すべきである。

2  弁明書について

被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは被告局長の自認するところである。しかし審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用となるような事情は認めることができない。

3  被告局長が原告の書類閲覧請求に対し、原告主張の四通の書類につき閲覧を許可しただけであることは当事者間に争いがない。しかし証人川口正雄の証言によれば、それ以外に原処分庁から提出された書類はなかつたことが明らかであり、被告局長としては、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させるべき義務はないし、また審査庁担当官の調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあらず、閲覧請求の対象とはならない。したがつてこの点に関しても違法はない。

四  以上説示したところによれば、原告の被告署長に対する請求は、昭和三七年分の総所得金額につき金四四六、四四九円、昭和三八年分のそれにつき金一、一七二、一八〇円をいずれも超える部分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分および被告局長に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦壽)

別表一

〈省略〉

別表三

〈省略〉

別表四

〈省略〉

別表二

〈省略〉

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